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最後の贈り物

昨日のコンサートから一夜明けて、今日はその余韻に浸っておりました。
朝、駅を出て、バイト先へ向かうために信号待ちをしていた私の目に飛び込んできたのは、「せいきょう駅前診療所」という看板でした。
「せいきょう!?」と反応しかかった次の瞬間、「お、落ち着きなさい、自分。漢字違うからっ!」(←「生協」が正解なのですね、これ;)と言い聞かせました(笑)。

昨日は涙も出ないほど圧倒されて、打ちのめされて、ただ作曲家と音楽と、それを再現して下さった聖響さんと大阪センチュリーの皆様の前にひれ伏して。でも、その感覚が酷く心地よかったのですけれど。
その反動なのか、今日は人目がなくなったら笑いが止まらなくなったり、「ああもう、やられたっ!(←主にベト7に;)」と叫び散らしそうになったり……と、感情を制御するのに一苦労でした。
昨日の演奏があまりに凄すぎて、ただ「凄い!」という言葉しか出てこないのですけれど。どうも、高らかに鳴り響く音に連れて行かれるように、神経の回路がどこかでぷっつりと切れて飛んでしまったようです。

とまぁ、しっかり余韻にも浸らせていただいたわけなのですけれど。
登校して、1限目の授業が終わった後。
父から、携帯の留守電に伝言が入っていました。
病床にあった祖母が亡くなった、という知らせでした。
授業中、涙が止まらなくなって、トイレへ駆け込んで、声を殺して泣きました。
帰ってきてからは、誰に遠慮する必要もないので、声をあげて泣きました。

昨日のコンサート、本当に恵まれていたのです。
幸運に幸運が重なって、何もかもが「あり得ない」と思うほどに上手く回っていくようで。ああこれは、目には見えない何かの力が働いて、私を動かしてくれているんだなぁ、と。そう思っていました。
今にして思えば、やはり昨日のコンサートは、祖母からの最後の贈り物だったのでしょう。
最高の演奏を聴くことができたのも、絶好の位置で聖響さんを拝見することができたのも。きっと、そうだったのだと思います。
まるで、私がコンサートを聴いて、これ以上ない歓喜と感動に満たされて、その余韻に浸るのを見届けるようにして亡くなった祖母に。
こんなワガママで、身勝手な孫で本当に申し訳ないと悔いる思いと、心からの感謝の気持ちと。去年亡くなった祖父を追うように亡くなったことへの悲しさで、涙が止まりません。

明日、葬儀のために北海道へ飛びます。
生前の祖母に最後に会ったのは、去年の祖父の葬儀の折でした。その後、お見舞いにも行けませんでした。あれが今生の別れになってしまったということが、未だに信じられません。
多分、あちらへ行って、葬儀の準備が整うのを見ているうちに、事実なんだと思い知らされるのだと思います。

この世に生を受けた以上、いつかは死が訪れると。
頭ではわかっているのですけれど。
2週続けて喪服を着なければならない、というのは、やはり辛いです。

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